いのちの電話20年
論説
生きる希望を失いそうになった人の相談に電話で応じる活動を続けてきた「福島いのちの電話」=電話024(536)4343=が開局20周年を迎え、先月、記念式典が行われた。社会全体でこうした自殺予防の取り組みが進められる中、神奈川県座間市のアパートで若い男女9人の遺体が見つかった事件には暗たんたる気持ちにさせられる。
死体遺棄容疑で逮捕された男は、ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)で自殺願望がある若者と知り合い、自身も自殺願望者を装いながら誘い出した自宅のアパートで殺害したらしい。
悩みを抱え、現実から遠ざかりたい気持ちの若者にとって、インターネットの仮想空間は浸りやすい。しかし、現実的な問題解決の手段を教えてくれたり、一対一で相談に応じてくれたりする窓口は社会に多々ある。社会の各層でいのちの淵に立つ人のサインを見逃さず、適切に導きたい。
第二次世界大戦後の英国で始まったいのちの電話は日本にも伝わり、福島では1997年(平成9)9月に設立された。2年もの専門研修を受けたボランティアの相談員が、毎日午前10時から午後10時まで電話を取り続けている。
震災と原発事故後は、相談件数が1万8000件を超す年もあったが昨年度は1万6586件。1割ほどを自殺傾向のある相談が占める。相談員は悩みの原因に立ち入るのではなく、つらい気持ちに寄り添うのが原則だ。相手の気分を変えるために場所の移動を促すこともある。長い沈黙の末に「考えてみます」という返事があることもある。電話というアナログな通信で直接つながっている感覚を大切にしているという。
福島いのちの電話は、インターネットのメールでの相談受け付けも検討しているが、体制が整うまで導入には慎重だ。事務局は「SNSのやりとりは反応が早く、気持ちがエスカレートしやすいのではないか。相談者には迷いも、止めてほしい気持ちもある。電話では声のトーンや話の間合いにも注意を払える」と電話相談の長所を語る。
座間市の事件で逮捕された男によれば、犠牲者の多くは本当に死ぬつもりはなかったという。男は金銭の取得を殺害の理由に挙げている。適切な相談窓口に導かれていれば助けられた命だった。
日本の自殺者数は減少傾向にあるが、15歳から39歳までの死亡原因のトップは自殺だ。自殺の危険を抱える人を早く発見し、対応できる人材の育成を進めなければならない。
(佐久間順)