- 視点シリーズ18
- 電話相談~その歴史と独自性~
元東京・福島いのちの電話 研修担当者 早川 照子
日本では電話やインターネットを使った相談が沢山ありますが、1970年頃までは、一般的ではありませんでした。自分の気持ちの問題を他人に話すことなどは考えられないと思っている人が多かったのです。
私がいのちの電話に興味を持ったのは、1970 年安保反対のデモの声が大きかった秋の頃、教会に貼られていた相談員募集のポスターを見た時です。人の為になる事をしようと思って参加しました。けれどもすぐに、その思いは傲慢であったと思い知らされました。育てられ、成長させて頂いたのは私の方だったからです。
電話相談の歴史 -電話相談はイギリスのロンドンで産声を
○ロンドンでの活動は、チャド・バラ師の呼びかけから始まりました。
The Samaritans:1953 年イギリスーChadVarah イギリスで自殺率が増加していたある日、英国の聖公会牧師チャド・バラ師は、ある日少女が教会にかけてきた自殺予告の一本の電話に対し、翌日の面接を予定しましたが、少女は来ませんでした。1953 年、彼は、孤独の中で絶望し自殺を考えている人々が助けを求められるようにと新聞に自分の名前と電話番号を載せ、悩みを持つ人々に呼びかけました。すると、大きな反応があり、世界中に反響を引き起こしたのです。(相談員はビフレンダーと呼ばれ、名称も[ サマリタンズ] とする)
悩みを持つ人々と電話で接触することを思いつき、ボランティアで絶望の淵にある人々の「よき隣人(よきとなりびと)」になろうと決め、24 時間無休の時間を捧げる運動は、英国全土に200近いセンターと2 万人以上の相談員を生む結果となりました。
○オーストラリアでは、アランウォーカー師によって1963 年に始められました。
Life Line:1963 年オーストラリアーAlanWalker イギリスに遅れて10 年、メゾジスト教会牧師アランウォーカー師は、シドニー全市を配慮の雲で覆いたいというビジョンで「ライフライン(いのちの電話)」を実現しました。以来、「助けは電話と同じくらいそばにある」をモットーに、20 カ国以上300 ヶ所以上のセンターに広がっています。
-「東京いのちの電話」の創立
日本で最初の「東京いのちの電話」の設立は、世界中の政治が揺れ動いていた1970 年代、日本では自分の生活、地域の中で個々のいのちや心を大切にしたいという思い、人間を変えていこうとする意識が芽生え、草の根運動が起こり始めた頃でもあります。
ミッドナイトミッション(MBK)から、「望みの門」に派遣されたドイツ人宣教師、ルツ・ヘッドカンプ師が1969 年の夏、日本に電話での相談の必要性を提案しました。シスター林、小泉登志子氏を事務局とし、菊池吉弥牧師(委員長)、三永恭平牧師、大島静子氏、福川正三氏、新海明彦氏、イアン・マクラウド師らの方々、また、カトリックやプロテスタントの教会、神父や牧師たちに呼びかけがありました。初代理事長をはじめ、101 名が設立のために集まり、理念、基本線の協議を重ね、設立が決まりました。
1971 年1 月、事務局が開設されました。24 時間電話を受けるには200 名以上のボランティアが必要となりますが、350 名の応募者があり、資金調達のためキャラバン隊が組織され、訓練、広報活動と様々な困難を経て名称も「いのちの電話」と決まり、電話番号も「264-4343(2人で語ろうよ、しみじみ)」となりました。
1971 年10 月1 日午前零時、初めてベルが鳴ってから今まで設立時の理念にもとづき、電話のベルは24 時間1 日も止むことなく鳴り続けています。
東京いのちの電話の開局40 周年祝賀の会の皇后陛下ご臨席の講演では、ヘッドカンプ師は、どのような思いでいのちの電話を立ち上げたのかを聖書を引用しながら講じられ、シスター林は、立ち上げ時のヘッドカンプ師との様々な苦労話を笑いを交えながら話しました。
日本でも最初は、「果たして電話で相談する人がいるのか」「見ず知らずの人に!?」「電話で何が出来るのか」などさまざまな厳しい批評批判を受けていました。しかし、現在では、民間のみならず、行政レベルでもこういった電話相談は続々と設置され、福祉や精神保健の分野・育児相談にまで電話相談が増えています。また、「東京いのちの電話」など、都会の相談電話はなかなかつながらないのが現状です。その背景としては、核家族化、家庭や家族の変化、人間関係が量的にも質的にも大きく変化していることが考えられます。匿名相談だから顔も見えず名前も住所も問われないという、敷居の低さも相談が増えている要因だと考えられます。
こういった運動は全国に広がっており、「いのちの電話」だけでも北海道から沖縄まで、50 センターを超えています。 1999 年1 月には「NHK チャイルドライン」に協力、また、前年に続いて自殺が多発した年で、JR 東日本駅構内、線路上での鉄道自殺防止のために協力、12 月、翌年5 月の2 度、「いのちのホットライン」として1 週間ずつの電話相談を実施した事は、いのちの電話への社会からの期待と責任を感じました。2001 年からは厚生労働省からの要請で、「自殺予防のフリーダイヤル」に日本中のセンターが協力しています。また2011 年からは東日本大震災で被災された岩手・宮城・福島の被災三県の方を対象とした「震災ダイヤル」(フリーダイヤル)にも協力しております。
電話相談の独自性 -電話の特徴を生かしたシステム
この電話相談の原理は、面接相談と変わりませんが、どのような方にとっても気軽なコミュニケーションであることがメリットとしてあげられます。聾唖障がいの方々のためのFAX での相談も行なわれ、インターネット相談を持つセンターも増えました。
24 時間体制のため、「何時でも、何処でも、どなたでも」利用できます。また、声だけのコミュニケーションで場所を共有しないため、出かけていく必要、世間体を考えるなどの煩わしさがなく、安心して話せます。さらに、話をするかしないかはかけ手が自由に決める事が出来、いつでも自分を守ることができます。電話での出会いは、1 対1であり、継続しない話し合いです。複数回相談する場合も、受け手が変わることで、価値観の違う人との話し合いになるため、ひとつの思いに固まる事が無く、自分を見つめる事も出来ます。
電話による相談活動 -いのちの電話は人生相談ではない
カウンセリングの定義は「主として対話により、カウンセリーの精神的自立を援助するお互いの営みである」とあります。継続相談ではありませんが、根本的に大切にされる事は共通しています。面接相談と違うところは、専門家ではなく、ボランティアが主体であること、場所を共有しないので、気持ちを話せ、何でも遠慮なくきけること、すぐに親しくなれて心が開かれやすいこと、傷つき悩む人と共にいる(イエスのように)、共に揺れる、共に振れ合うことが必要であることでしょう。決して、問題を解決しようとしたり、精神分析、診断をする評価者にはならないことを大切にしております。
-コミュニティーでの支え合い
現在いのちの電話は各都道府県単位にあるので情報が伝えやすく、各種の電話相談があります。
専門家への紹介も可能です。
-危機介入~自殺予防・緊急時の即応性
自殺をはじめ、精神的危機状態にある人に、出来るだけ早く有効な対応をする事によって、成長や適応能力を促進するための援助をします。自殺予防を目的としていますが、危機の程度や問題によって関わり方が様々となっています。
「何故死んではいけないの?」とかけてくる若い女性がいました。それは、自分がこの世に存在していることを誰かに知って欲しいからです。「あなたが僕の生きている声を聞いた最後の人です」「だれかに話したかった」という訴えに対し、それに答えて「親が、兄弟が、友達が悲しむから」と言われても、それは相談者にとって何の意味もないことです。何故なら、相談者の周囲にいる人たちは相談者自身をわかってくれなかったし、わかろうともしてくれなかった人達だからなのです。
電話相談の実態と課題 -不安傾向の強い相談者の増加
何らかの疾患で通院中の方ですと、医療者に思う存分話を聞いてもらえないことで感じる不安、病気や薬についての不安の訴えなどが多いようです。生活の不安や、被災された方々の不安もあるでしょう。
通院歴の無い場合は、ご自身が不安を感じていること自体に気付いて貰うのに苦労する事もあります。その場合、家族関係の問題である事も多く、「怠けている」「頑張りが足りない」などの言葉は相談者を「解ってもらえない」との訴えが聞かれますが、いたずらに、励ましたり、慰めたりしないこと、特に「頑張って」、「誰でもそう、あなただけではない」、などの言葉は、不安の中にある方々への労りと言うより落込ませるかも知れません。時間がかかっても必ずいつかは明るい日が来るし、病気であれば治るものですから、医師の指示に従うこと、処方された薬を途中でやめないようにと話すことを大切にしております。
-話し中になることが多いことの要因
相談員も人の子です。身近な問題、経験がある話の時は、「この人ともっと話していたい」「このまま終わって大丈夫だろうか?」と思う時など、通話時間が長くなってしまいがちです。
また、電話の台数や相談員の人数の関係もあると思います。2 台の電話で運用している所が多いということもありますが、不況下での悩みを持つ方々が増えている事も原因だと思います。やっと繋がったと喜び、これを切ったら今度は何時また繋がるかとの思いが、話し中を多くする事にもなるのでしょう。
孤独な方々が増加傾向にあるこの頃、家電話や携帯電話で話すことが多くなっています。電話依存の生活は相談電話への依存にもなっているかもしれません。しかし、どんな相談者にでも共通なことは、誰でもが人としての気持ちは共通だということです。相手の「今ここ」での気持ちを大切に対応したいと思います。
「セラピーではなく、ケアを、深入りではなく見守りを、相手の心のよろいを大切にする」ことが大切ではないでしょうか。
東京いのちの電話40 周年でのヘッドカンプ師からのメッセージの中の詩をご紹介して終わりたいと思います。私たち相談員の気持ちを現わしている詩だと思います。
寂しさのあまり泣いている時
誰かがそのそばに必要なのです。
彼らは黙っていても、自分を理解して
傷みを口にする前に、もう助けようと
してくれる人を
見つけねばならないのです。
主よ、私の弱い目で見えるでしょうか。
彼らがやんでいるのか、健やかなのか
私に見えるでしょうか?
見よ、私は杯の水のように
私の力を分け与えたいのです。
救い主よ、この水に、私に
話す力を与えてください。
(Siegbert Stehmann)
参考文献/いのちの電話20 年史「いのちの共振れ」社会福祉法人 いのちの電話